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言葉は跳ね返ってくる。I and I(アイアンドアイ)。
反射
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電車で感じた不思議なこと

通勤していて面白いことに気がついた。自己中心的な考え方は、狭くて苦しいということだ。
会社が移転してから、電車はどうしても激混み路線を使わざるを得なくなった。いつでもどこでも激混みだ。一旦ホームに降りて、他の降りるお客さんが降り切ってから乗り直そうとすると乗れないこともある。
乗れた時も、後からまだ乗ってくる人がいる。これだけ混んでいるのに、まだまだ乗ってくる人がいる。
かつての自分はこの状況で不満を募らせていた。「もう無理だって」「次の電車に乗れよ」なんてね。先に乗ったからって何様のつもりか。
そんな状態だと電車は文字通り箱詰め。苦しい移動手段でしかない。苦しいと思ったらその日は大体うまく行かない。

これも軽量化とする

ところでレゲエの歌には「We」という言葉を使わずに、代わりに「I and I(アイアンドアイ)」という言い方をすることがある。
これは私たちというのが違う私の集まりであって、元々はひとつだった、という考え方なんだそうだ。
電車の話にもどるけど、そう考えると、電車で先に乗った人もこれから乗ろうとしている人も違う私。次の電車に乗れよ、なんて思っているとしたらそれは自分に対しての思いに他ならない。
で、ここから実際にやってみたことなんだけど、これまでの自己中心的な考えをやめて、電車でギュウギュウ詰めのときは「みんな、乗れた?」と心で思うことにした。「乗れてよかったね」と締める。
そしたらギュウギュウ詰めには変わりないんだけど、スペースが広く感じるんだよね。さらに一旦ホームに降りてからも乗れなくなることが少なくなった。不思議。
これってつまり相手の事を考えてあげると、それが自分にも返ってくるってことなんじゃないか?
やってると当然ストレスも激減。体力的には変わってないけど、気持ちが軽くなったと実感している。
軽量化ってモノだけで物理的なものかと思ってたけど、案外気持ちで感じることも重要かと。そしてストレスを作り出してるのは気持ちだ。気持ちが軽いと疲れにくいし、何故か物事が良い方向に向かう。
電車以外でもI and Iを思うことができれば、もっとストレスが減るかもしれない。
軽いって素晴らしい。でも「軽い気持ち」だとよろしくない方向へ向かう。「魔が差した」とかそういうことになる。これも不思議だよね。
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